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2008年9月2日
「誠実」
北京オリンピックが終わり、余韻覚めやらぬ8月27日、アフガニスタンで日本のNGO「ペシャワール会」のボランティア伊藤和也さんが遺体で発見され、
反政府武装勢力「タリバン」がその殺害関与を認める報道がされました。
政治・思想・利権・宗教など無関係に、この国が元の緑豊かな農業国に戻ることを手伝いたいとの志を立て現地の人たちと汗を流す姿が想像されるとともに、
「誠実で勤勉でまじめで嘘のない」青年が帰らぬ人となったことに対し、大きな怒りを覚えるとともに、残念な思いでいっぱいです。
無償の働きをする人を殺害した行為に対して、二度とこのようなことがないようにしなければ、伊藤さんはうかばれません。
日本政府は、伊藤さんのボランティア活動に懸けた思いをアラビア語でアフガニスタン政府に対して国内外に公表させるよう要請すべきだと思います。
今日まで「ペシャワール会」のボランティアたちは、国際社会から危険地帯と言われる地域で「誠実」をもって現地の方の信頼を得てきましたが、
最近はこの誠意が通じない勢力が台頭して来たのだと解釈しています。
日本人が昔から持ち続けてきた「誠実・まじめ・勤勉で人を裏切らない」生き方で、アフガニスタンの復興に尽力した伊藤和也さんの志に敬意を表し、誇りに思います。
2008年7月18日
「茶」
静岡の親戚から新茶を頂きました。
今、医学的にもお茶の成分の効用が宣伝されていますが、毎年、極上のものを頂いて味わいながら、若いころの講演会での講師のお話を思い出します。
最初は湯加減を調整して、お茶の「甘み」を味わい、次に少し熱めの湯で「渋み」を味わい、つぎに三煎で「苦味」を頂き、更に重ねて煎じれば「無味」あるいは淡味となります。
最初の甘みは、誰にもわかりますし好まれますが、渋みとなると誰でも好むとはいかず、苦味となれば、更に高みの味となります。
人の言葉でも甘い言葉(甘言)では進歩が望めず、苦い、苦言を聞ければ成長できるわけです。
本当にお茶が飲める、お茶の味がわかるということは、至る味わい、つまり無の味であり、言い換えれば「淡」ということであるらしいのです。
お茶の味がわかるようになるには人生経験を積み、酸いも甘いも噛み分けた人間でなければできず、老の域になってわかる、伊達に歳を重ねるのではないといった内容であったと思います。
後期高齢者医療制度が4月から運用されておりますが、経験豊かな先輩たちの知恵を活用していただくという見方はできないものでしょうか?
日本では「老練」「熟達(老熟)」といい、諸外国でも「マイスター」「エルダー」と尊敬の気持ちを持って経験を積んだ人たちを敬ってきました。
国政の場にも「老練」の域に達した方々が大勢在籍されていますが、同様に定年を迎え、経験豊富な75歳以上の大多数の方が健康で活躍しておられますから、国が旗を振って、熟達した人たちの制度や将来のあり方を検討し、活動(貢献)の場を政策提案、実施して頂きたいものです。
2008年6月2日
「逝(ゆ)きし世の面影」
渡辺京二さんの著書で、幕末から明治時代に日本を訪問した外国人の記録から、近代日本から消えてしまった前代の文明や失ったものについて深く考えさせられる本の題名です。
今年の大河ドラマは「篤姫」ですが、ちょうどこの時代の前後にあった日本の風景や人々の姿を彷彿とさせます。
一節をご紹介しますと英国の詩人アーノルドが明治22年に来日したとき、歓迎晩餐会で「地上で天国あるいは極楽にもっとも近づいている国だ」と賞賛し
「その景色は妖精のように優美で、その美術は絶妙であり、その神のように優しい性質はさらに美しく、その魅力的な態度、その礼儀正しさは、
謙譲ではあるが卑屈に堕することなく、精巧であるが飾ることもない。これこそ日本を人生を生甲斐あらしめるほとんどすべてのことにおいて、
あらゆる他国より一段と高い位置におくものである」と挨拶で賞賛しましたが、翌朝の新聞は、明治における日本の産業、政治、
軍備の進歩に触れなかったことが日本軽視として憤激したそうです。
マクレイ(東奥義塾で教鞭)は10ヶ月で東京に移りましたがその別れの日に、生徒たちは、郊外まで1里近くも見送り、代表から
「私たちは悲しい、弘前もさみしくなる」と感謝の辞を述べられ、答辞を述べようと馬上から彼らを見ると目が潤んでおり、21歳の彼は感動し
「私は決してその光景を忘れない。彼らは半円形に私をとり囲み、かかとは深く泥土にめり込み寒気に震えていた。」(明治6年11月11日)と書き残しています。
また、アーサー・クロウという人は明治24年に中山道での見聞として「ほとんどの村には人気がない。住民は男も女も子供も泥深い田圃に出払っているからだ。
住民が鍵もかけず、何らの防犯策も講じずに、一日中家を空けて心配しないのは彼らの正直さを如実に物語っている。」
私の経験では、子供のころの故郷でも確かにそんなところが残っていたと記憶しています。
目を覆うような事件が日常的に起こっている現在からは考えられない遠い風景を思い浮かべる方々も多いと思います。
また、著書にある時代までは、社会の仕組みや疫病、食、住など環境が格段に違うものの、当たり前に倫理的に生活していたのではないかと推し量れます。
この前代の文明は明治になった時点でもう失われる運命でしたから戻ることはできませんし、壊したり失うことはたやすいことだと考えさせられました。
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2008年2月5日
「朝三暮四」
ある情報誌に朝三暮四ということわざがありました。
この意味は(目先の利害にとらわれて結果が同じになることを見抜けないこと)又は、(口先でうまく人をだますこと)となっています。
「昔、中国の宋の時代に狙公(そこう)という、猿を大層可愛がり、猿からも慕われていた方がおりましたが、家計が俄かに厳しくなってきたため、
猿に与えるえさ(どんぐり)を減らすことにしましたが、そのことをいえば猿たちが自分から離れていくのではないかと考え、猿たちを誑(たぶら)かして(だまして)最初に言いました。
「これからはどんぐりを朝に三つ、夕方に四つ与える」すると猿たちは全員怒り出したため、「それでは朝に四つ、夕方に三つにしよう」というとみんな納得して喜んだという寓話です。」
このことわざを思い浮かべながら今の政治情勢を考えますと、目先やその場しのぎの政策、表面上の議論、現場(市民)からかけ離れた議論、
いやなこと・できないことはいわず人気取りや人を煽り立てるだけの政治、財政の裏づけや責任を持たない政治・・・こんなことになってはいないか?日本の未来、子供たちの将来に責任を持ち
「今日三明日四」の思いを強く持っていかねばならない、と自分に問い直してみる機会をいただきました。
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2007年12月14日
「日本のエネルギー」
平成20年の干支は子年で十二支の始め、動物のねずみに譬えられます。
平成19年は亥年で政治経済の波乱と痛ましい事件が続いた1年でしたから、みんなが平成20年は平安な世情であるよう願うばかりだと思います。
私たち議員は皆さんの政治に関する不安を振り払うため、いっそう努力をしなければなりません。
さて、今の時代は、便利さ、快適さ、効率性を求めるがゆえ、地球に蓄えた資源をエネルギーとして消費しています。
このような中、原油価格の高騰が続いて、国内の産業や暮らしに影響が拡大してきています。
このことは日本の自給率を考えれば大きな問題で、エネルギー自給率は4%程度で、原子力を含めてようやく17%だそうです。
今流行の風力・太陽光・地熱などでも1%程しかプラスにならないのが日本のエネルギーの現状です。
また、国政では「新テロ対策特措法案」が審議されていますが、直面する日本のエネルギーを考える上では大きな課題です。
今までは金を出せば石油を買えていましたが、中国を始め大きなエネルギー消費国が石油を確保するために人・物・金を資源国につぎ込んでいる現状を考えると、
日本は資源国に対する戦略を積極的に進めなければなりません。
一方で、今後は何を日本のエネルギーの中心に据えていくのか、自然環境や暮らしに配慮したバランスのとれたエネルギー政策を国民に示していただくように強く望むものですが、
再利用が可能で、言い換えれば、再生循環して利用できる原子力利用の技術を進歩させて安心してコントロールできる形をつくりあげることも大切だと考えます。
エネルギー資源、鉱物資源などの資源がない日本の進む道を、国政の場において協議し示してほしいものです。
これから日本は「高齢」「少子」「人口減少」が進み、大阪府では2005年から2035年にかけて約144万人(16%強)が減少するという推計が出ています。
社会変化の及ぼす両面を見据えた国・地方のエネルギーをはじめ他の政策制度の構築に向けて、民主党がぜひとも責任政党として役割を果たせるよう私たちもがんばります。
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2007年10月10日
「安けれども危うきを忘れず」
市長選挙も終わり、枚方市もようやく正常な市政運営に戻りつつあります。
5月末に地検の捜査が市役所に入ってから4ヶ月が経過したわけですが、中司前市長が逮捕・起訴されるという最悪の結果になりました。
起訴内容と真実は今後の裁判で明らかにされるわけですから、現時点でとやかく申し上げるべきではありません。
振り返りますと本年4月の市議会議員選挙(統一地方選挙)以来、参議院選挙、今回の市長の再選挙と、1年間があっという間に経過しました。
市民の皆様には特にこの度、市政の混乱について大変ご心配をおかけしました。
議員としての立場で、反省すべき点を認識し、市政の正常化と市民福祉に向けて取り組みを進めて参ります。
ただ、枚方市の平成18年度の決算状況は、実質収支で10,4億円の黒字、単年度収支で見ますと6,3億円の黒字となりました。このことは、行政の努力を評価すると同時に、行財政改革の取り組みに対して議会が積極的に提言、推進したことも大きな要因であると考えています。
決算の審査は、第4回定例議会中に開催される決算特別委員会で行われる予定で(私も委員になっております)内容をよく審査して、次年度の予算編成に活かしていただくよう提言して参ります。
いずれにしましても、私たち議員は「安けれども危うきを忘れず・・・」の心構えをもって市民福祉のために活動しなければならないと気を引き締めています。
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2007年8月3日
「参議院議員選挙を振り返って」
民主党に多くの皆様のご支援を頂き、参議院の第1党に躍進しました。
このことで今までのように、与党が過半数を占めていた今までと大きく異なり、単なる第2院としてではなく国民の皆様に対して
大きな責任と役割を担うことになりました。
参議院は「拒否権」を行使できるという一面があり、「首相の指名」「予算案の議決」「条約の批准」での衆議院の優位性以外では、
参議院で否決され衆議院に差し戻されると3分の2以上の多数で再可決しなければ法律案は成立しませんし、審議の引き延ばしに
よって国民に対する悪法案は廃案にもでき、今までのような与党の独断での法律はできなくなることを考えれば民意が反映される
正常な国政の実現にむけた第一歩になる訳です。
しかし、何でも反対政党ではなく、国益や外交、福祉といった基本的な面で国民の皆様の信託にお応えできる真に信頼できる
民主党にならなければ、政権政党にはなりえません。地方議員である私たちも、いっそう信頼される民主党になるよう努力しなければなりません。
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2007年5月15日
(命の大切さについて)
最近、子供たちのいじめ等による自殺や、殺傷事件などが頻繁に報道されていますが、その度に教育関係者や、
評論家の皆さんは、「命の大切さ」を強調されます。
また、ある中学校においても匿名の自殺予告電話があり(事なきを得ましたが)、校長先生が全校生徒を集めて、
命の大切さを訓示されたと聞き及んでいます。
「命」について、私の思いを述べてみたいと思います。
子供たちは、どのようにして自分や他人の命の尊さを学んでいくのでしょうか。
私は、肉体的、精神的にバランスのとれた成長が欠かせないと考えていますが、そのために、まず「痛みが伴うことも
挑戦させること」が必要だと思います。例えばスポーツで、野球は球を受け損ねたり、ベースランニングで転んだりすると
必ず痛い目にあい、その体験をすることで仲間の痛みも共有できる意識や思いやりが生まれます。子供たちを大切にしすぎては、
このような成長は期待できません。
また、目標(人・職業など)を持たせる教育も欠かせないと思います。伝記や物語などで立派な人や、その人の成した事業や
功績を子供たちに教えることは、子供たちが夢を持ち、目的を持ち、誇りや自尊心を持つことにつながり、相手や他人を思いやり
尊重できる人へと成長することになります。
この世に生きる命は、すべて尊いものですが、人として生きる限りは、単に生物的な命の大切さを教えるのではなく
「倫理観や道徳観に基づいた生き方」「誇りやプライドをもち目標を持った生き方」を教えることがすなわち「命の大切さ」を
教育することだと信じるものです。
現在の社会では、子供たちに善悪関係なく様々な情報が容赦なく入ってくる中で、家庭、地域、学校、行政が基本的な軸を
しっかりともって子供たちの教育に取り組まなくてはなりません。
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2007年3月26日
教育について
(節目に想うこと)
3月から4月の初旬にかけて卒業(卒園)式、受験、入学(入園)式と子ども達にとって
大きな人生の節目が続きます。
私も人並みに一通りは経験し、その当時の記憶は大部分が消えつつあるものの、その場面
での不安や期待は相当大きなものがあったのだと思います。
当時を思い起こしてみますと鮮やかな情景がいくつか浮かんでくるわけですが、ここに挙げ
るなら、小学校で先生に叱られて大きなげんこつをもらったこと、中学校では、国語の先生
なのに「遠き山に日は落ちて」という歌を歌詞の意味も含めて教えて頂き合唱したこと(働
くことの素晴らしさを伝えたかったのだと思う)、また、苦手だった数学で女性の先生から
こっそり呼び出され、テストが満点だったと自分のことのように喜んで頂いたこと(その後
数学が得意になったわけではないですが)、高校では就職していく時に「3日3月3年」
我慢してみろと送り出してくれた担任の先生、本当にお世話になり、その時々に進むべき道を
示唆頂いたと思います。
そして、社会人として、まさに一歩踏み出そうと学生服で乗った枚方のタクシーで運転手さんに
励まされた「山陰の人はねばり強いからがんばれ」の一言、更には、企業の研修では、
「竹の節の人生」を教えて頂きました。
雪の重さに今にも折れそうになりながら耐える竹が折れないのは節があるからで、
人も人生の節目を重ねていくと強い人になれる、という意味だと理解しています。
この時期、節目の行事に出席して、ふと、自分の記憶をたどってみましたが、その時、その
場面では大きな悩みに思えたことも、時が経つにつれ、人生の一ページになるのだと感じますし、
特に、義務教育の間は、先生の純粋なご指導が今の自分に大きく影響していると思っています。
卒業や入学の節目を迎えるみんなへエールを送ると共に、今の自分が「社会の奉仕者」としての義務と決意を新たにしています。
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2007年2月2日
日本は、第2次世界大戦の敗戦後、新憲法の施行に先立って現行の教育基本法を制定しました。背景には、教育民主化の名目の下で戦前の教育が「国家主義的」で「軍国主義的」であるという占領軍の方針で進められたと理解しています。
それでも、教育の充実に国を挙げて取り組み、戦後日本の発展に大いに貢献してきました。
しかし、本来の学校教育は「人材の育成」が目的なのに、子ども達という主体を忘れてイデオロギー闘争に動いてきた結果、学校教育の座標軸がずれて来たのではないかと考えています。
このような中、昨年(平成18年)12月15日、改正教育基本法が成立し、12月22日公布されました。
内容で注目されるのは、第2条の5「伝統と文化を尊重しそれらをはぐくんできた我が国の郷土を愛するとともに他国を尊重し国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」という項です。
国を愛するという心を持つことが、他の国の文化や伝統を尊重し、日本が国際社会で貢献することにつながるものだという意味であると思います。
また、国を愛する心とは、自分が育った郷土(広義の国)に感謝し、先祖から引き継がれた自分の生い立ちをしっかりと受け止めて尊敬の念を持つという道徳的な心の領域ですし、この軸(思想)がなければ、他国の伝統文化を尊重し国際社会で平和を希求することなどとんでもありません。
一方、現在の学校教育の体制(運営)は、文部科学省の指導の下で、財政負担と人材は大阪府が担うなかで、枚方市が実質の運営を行っています。
枚方市が独自に施策を展開する余地が非常に狭いわけですが、今問題となっている「いじめ」「自殺」「不登校」などの課題は、市できめ細かく取り組まなくてはなりません。
地域社会と学校の連携を密にし、地域社会の人材にどしどし学校運営に参加してもらうこと、地域の意見をもっと採り入れること、その中にあっては、政治的な利害や宗教的利害を学校に持ち込まないように中立的な学校を維持することが大切だと考えています。
また、家庭では未成年の子どもに対して、保護者(親)は親権という権利を持っています。これは、学校における「人材の育成」に呼応する「健全な成長」と「社会における有益な人間」を育てるための権利です。
教育
は、「おまかせ」ではなく「家庭」「学校」「地域」「行政」がそれぞれの責務を果たさない限り良くはならないと思います。教育の充実した枚方市に向け力一杯取り組みます。
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2006年10月3日
10月から公民館と市民センターなど、9施設が「生涯学習市民センター」として再編
されて生まれ変わりました。
公民館としての利用者を制限してきた「利用団体登録制度」ではなく、学習・文化・芸
術活動、コミュニティ活動など多くの方々が利用できます。
私も条例の制定に賛成しましたが、その理由として以下のことが挙げられます。
まず、これから団塊世代の方々が、地域市民として地域社会のなかで生涯学習に取り組まれるようになることです。二点目には生涯学習とは、自分自身を見つめ直したり、生きがいを探す場であり、今までのように限られた利用形態の公民館ではできないと考えられることです。三点目に、この生涯学習市民センターの設置が、日本の学校教育で重点がおかれた「知識・技術の習得」の教育から脱皮し、多くの人との意見交換や交流によって個人の意識・力が高まり、地域が活性化し自治体もレベルが上がります。
さらに、年代間の交流、子育てへのサポート、福祉なども生涯学習事業の一環として幅広い考え方ができ、教育委員会の専管事項と言えなくなっています。
私が、今回最も評価するのは、開館日と開館時間が延長される点であり、働く人たちの利用機会が大幅に拡大することです。勤務上、家と会社(職場)を往復するだけの日常から、勤務後や土日の学習機会ができることは大変重要であり、枚方市(自治体)として勤労者に生涯学習に参加して頂くことは大きな意義があります。
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2006年7月4日
皆様のお支えを頼りに、枚方市議会議員として働かせて頂いて参りましたが、あっという間に3年が経過致しました。5月の臨時議会も終わり、本年度の議会の役職も決定しましたが、私はこの3年間で経験していない役割を希望し「厚生常任委員会委員」議会派遣役職で「枚方寝屋川消防組合議会議員」
「淀川左岸流域下水道組合議会議員」他に「民生委員推薦会委員」として1年間頑張ります。
4年目を迎えるにあたりまして、皆様方のお力添えに感謝の気持ちを忘れず、任期最終年度の議員活動に取り組んで参ります。
さて、世間では相変わらず社会的弱者である子ども達が犠牲になる痛ましい事件が報道されています。 私も、時間を見つけて通学路の監視をしたり、
議会において「家庭」「地域」「学校」で対応すべき
施策を提言しておりますが、市民総動員で子ども達を守らなければならない、
そんな大変な世の中になったと痛感しています。
更に、親子や仲間同士の殺傷事件が多発し、金にまつわる不祥事などで社会的地位のある方々が毎日のように頭を下げているのを見ると、日本人が引き継いできた武士道に代表される「人倫の教え(道)」を今一度学び、自分を見つめ直してみることが必要だと考えます。
私は地方議会に送り出して頂いた立場で、「自由・公正・友愛」の政治理念と民間の立場と姿勢を貫き、枚方の将来が、市民の皆さんの幸せにつながるように、行政に提言してまいりますので、ご意見・要望等ご遠慮なく申しつけていただければありがたく存じます。
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2004年5月
高度成長期の中での日本は、昔からの大家族制度が 崩壊し、 核家族化や要求型の社会が定着し、何でもして欲しい、
してくれるという「くれくれ坊主」権利のみの主張が通ってきました。
このため、本来の日本人の良さは忘れられ、個人主義が蔓延し、
自由や平等を勘違いし、無償の愛や思いやりの世は消え、
ギブアンドギブの物質主義の世になってきたのだと思います。
このことは、家庭にも入り込み、俺は俺、おまえはおまえの
利己主義で子や親を平気で殺傷する事象がみられます。
一番信頼すべき家族が崩壊すれば、社会不安が起こるのは
当然です。
相手に対して、無償の気持ちを持つことが大切だと考えます。
そして、これからは、「何とかしてください」ではなく、
自分たちが積極的に参加して、共に解決策を見いだしていく
参画型の社会の構築が必要です。
また、高齢社会を迎えて、現役をリタイアされた
知恵者の方達が活躍できる、地域自治実現のため、
皆さんとともに汗を流します。 |
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